| Vol.5 2015年7月11日
「風のように旅する男」旅風里美が提案する方法論として。日常生活に追われていると自分のルールや尺度を優先しがち。問題や煩いごとを一時忘れると共に、心を開放して自由な心を取り戻す。その方法が気まぐれ・気ままに風のごとく旅することだと考えます。
日常生活のルールは自分の間尺
日常生活に行き詰まる最大の原因は自分の間尺と人の間尺の違いから来る緊張状態。人から理不尽なことを言われたり押し付けられたり。それが不快だしムカつくことも多いと思う。
しかし、自分自身もまた人に対してそうしているわけ。自分の価値観で人を見ている。当然ストレス発散に暴飲暴食をすることも多くなる。ゲームをする手もあるが、それもやり過ぎで精神を病んでしまうこともある。
気分転換にはどこかへ出かけるのが一番いい。そして、できるだけ遠くへ行く方がいい。今いる場所よりできるだけ遠くへ…そうすると自分のルールは通用しなくなる。ひとり旅のいい所はこの自分のルールも価値観も全く通用しない所にある。
自分の間尺は自分自身にのみ発動すると言うわけだ。そうなると、欲望や感情ではなく、理性によって自分の間尺を再構築することができる。あえて自分を縛る者から開放されること、これこそが気まぐれ旅の一番いい所と言える。
気まぐれさすらい旅は一時寄留の人生そのもの
人間はたかだか120年ぐらいまでしか生きられない。そして、安定した生活もすぐ不安定になる。生活に問題が起きれば、「あのころはよかったなー。」と振り返る。きのうはすぐに遥か昔になり、きょうもすぐ昔になり明日もすぐきょうになる。物事は移り行くもの。
気まぐれ旅は自分が今いる場所は一時的に寄留しているに過ぎず、それゆえ風景や空気を楽しむことが大切だと言うことがわかってくる。自分を縛っているものを次々とふるい落とす作業とも言える。
だからこそ、自分の嗅覚や感覚を最大限に駆使して、興味ある場所へ向かって行動することが大切。それが自分とは何かを探し出すきっかけとなる。本来の自分…自分自身でもわかってない部分があると思う。そもそも親であったり、教師であったり、クラスメートであったり、上司であったり、同僚であったり…いろいろな人たちによって自分と言うものが築かれている。
自分が本来何者であるかを知らなければ、困難にあったとき対処のしようがない。そのため往々にして人を批判したり、責任転嫁したり、自分を正当化するもの。それが人間関係の崩壊、最悪の場合は凶悪犯罪にまで発展してしまう。気まぐれ旅とは自分が本来何者であるかを探す旅でもある
最近はネットで検索すれば駅からの距離や料金によって探すことができるホテル・旅館予約 [Yahoo!トラベル]
などがあるので、どこに宿泊するか決めたら、すぐに調べて予約入れておけば、散策や観光をとことん楽しめる。
自分の中の、そしてまわりの間尺を捨てる
気まぐれ一人旅は、目的地はどうでもいい。たださすらい続けることが大切になって来る。それはなぜか。
日常生活は自分のルールや尺度によって成り立ち、さらにはまわりにいる人たちもまたそれぞれのルールや尺度がある。結局、自分の考えやまわりの考えにがんじがらめにされてしまい、正しい判断ができなくなる。
正しい判断ができなければ、憎悪の感情で物事を見てしまい、人を裏切ったり陥れたりする原因となってしまう。そんな負の連鎖を続けることは自分にとってもまわりにとっても大きな損失となってしまう。
風のように旅をすることで、心の中にある硬直した考えや悪い感情を少しずつふるい落として行く…これが大切だと思う。気持ちが変わればルートも変わる。それゆえ計画を立てず、思いついた所に出かけることが大切になって来る。そして、その先には心の里が美しく広がっていることもある。
日常を忘れ、自分自身を取り戻す。これこそが気まぐれ旅の目的だと思うわけです。
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