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| Vol.13 2017年4月28日 たださすらうと言うこと5日間旅のために日をとっていたけど、予算の都合で今回は3日間の気まぐれ旅と言うことで、行きは新大阪から始発の「こだま」で広島まで、帰りは博多から最終の「こだま」の指定券だけとって途中は気まぐれ風まかせのぶら旅と言うやり方で出発。こうすることで中国山地・山陰・九州と多方面に気まぐれで行けることから新下関や小倉・博多ではなく広島まで新幹線で行ってそこから気まぐれにぶら旅となる。 ま、結局九州一周したわけだけど、あえて行き先を決めないことが気まぐれ旅のいいところ。目的があるなら、新大阪や新神戸から「みずほ」か「さくら」で行くのが便利だし快適。ただ、気まぐれにぶら旅をするのなら、「こだま」でゆっくり行くのがいい。東海道新幹線の「こだま」山陽新幹線の「こだま」九州新幹線の「つばめ」…それぞれ鉄道会社の個性が出ている。 「こだま」で山陽・九州方面へ早く行くには姫路始発の「こだま」に乗るのが一番早いけど、始発電車で出発しなければならない。新大阪始発の「こだま」でも30分しか違わないし、それで快速で西明石まで行けるのならゆっくり行きたいもの。ということで西明石まで行ってそこから新幹線に乗る。個人的には山陽新幹線を利用するなら、「みずほ」「さくら」「こだま」がいい。指定席なら広いし食事したり酒飲んだりもゆったりした気分で。山陽新幹線内なら「のぞみ」を使う必要なし。狭いだけ。 広島までは「こだま」のゆったりした席でゆっくり外の風景見ながら、酒飲みながら…飯食いながら…広島からは快速で岩国まで行き、駅前のスーパーイズミで買い物。小さいけど結構いい物ぞろい。岩国からは下関まで1本。ゆっくり外の風景見ながら、酒飲みながら…飯食いながら…ただ流れるままにさすらう。そうして下関に着いたら小倉まで行き、そこから中津行きの電車乗る。ここからもただ風のようにさすらう感じで旅を続ける。気まぐれにさすらう旅こそが鈍行の旅に適している。 別にどこへ行きたいわけでもない。ただ、流れる風景をぼんやりと眺めながら、漂っている。目的があるとその目的に関して考えてしまう。しかし、それでは日常の延長でしかない。非日常であるなら自分の五感で感じて行動することが大切。 ひなびた…宇佐に着くころには頭痛がし始めた。そりゃそうだ、新幹線の車内でも岩国からの電車の中でも…中津で途中下車してまた酒買って…完全に飲みすぎだ。大分に着くと雨が降っている。寝るだけなんで、簡易ホテルに泊まる。カプセルホテルと同じシステムながら、部屋はベッドと机があり、シティホテルの感じでシャワールームもある。部屋に入ってバタングー。部屋さえとっておけば体調崩してもゆっくり寝ればいいだけ。 夜中に目が覚めて、すぐにシャワー浴びてラウンジでインナーイヤーヘッドホンで音楽聴きながらコーヒー片手に次の行程を考える。湯布院とかはありきたりだし、宮崎や鹿児島に向かうといいかも……コーヒーは飲み放題。通常のカプセルホテルやネットカフェに比べて落ち着ける。 佐伯からの始発電車の次は夕方までないっ!特急が頻繁に走る線区ながら、普通電車は佐伯〜延岡は3往復しかない。ま、気まぐれ旅にはこんなことはつきもの。こう言う場合はまず佐伯まで行き、そこから延岡まで特急を使う。これは山間部の不便な場所で使う手だ。高峰智弘はこのことを知っていて佐伯に泊まったようだ。大分で夕食食べて、佐伯の街も散策したようだ。さすが鉄道に詳しい男だけのことはある。なんとしても普通列車で金使わずに行く。佐伯から乗った特急「にちりん」から車窓風景を見れば…なるほど…本数が少ないわけだ。 南九州は普通電車でぶら旅するにはスケジュールがキツくなる。これは実感できることろ。それでも宮崎からは電車の本数が増えるんで宮崎で時間がとれそうだ。そんなわけで降りてからブラブラ街散策。宮崎からはソテツが自生する場所なので、南国ムードいっぱい。そんなこと考えながら相変わらずアルコール入れながらさすらっているといつの間にかうたた寝をしていて都城を乗り過ごして、終点の西都城で降りた。ま、乗り換えには問題ないけれど。 九州縦断鹿児島中央につくと、駅前がにぎやかになっている。宿をとったホテルが天文館にあるので、駅からどう行くか地図見ながらブラブラ。どうやら天文館が中心街で夜遊びには事欠かないようだ。屋台村で飲みながら話を聞くと、北の王と南の王の話が出て来た。倭国の時代、北の王と南の王がせめぎあっていたそうだ。地元民が多い店ではその地域ならではの情報が手に入る。 朝になって始発に間に合うように行くのも行程に余裕を持たせることになるけど、せっかく朝食がとれるんだけらゆっくりしていけばいいやと軽い朝食をとって鹿児島中央駅に向かう。昨夜はにぎやかな街も通勤途中のサラリーマンが急ぐ街になっている。そりゃそうだ。平日に旅してるんだから…午前8時の街なんて通勤途中のサラリーマンが多いよな。 鹿児島中央駅で吉松から人吉までの「しんぺい」の指定券を買う。普通列車の「いさぶろう」「しんぺい」はほぼ全車指定。そもそも鹿児島から熊本までで吉松〜人吉間が一番本数が少ない。全車指定なら指定券買うしかない。隼人で乗り換え、吉松で「しんぺい」に乗り換え、人吉でまた乗り換え。結構乗り換えが多い。そんなもの。 スイッチバックやループ線が続く肥薩線は八代から鹿児島・宮崎へ向かうメインルートだったそうだ。現在の肥薩おれんじ鉄道の線ができるまでは鹿児島本線だったこともあったとか。わざわざ険しい山を貫いて鉄道を敷くとは…戦略的な部分もあったそうだ。太平洋戦争中だったから。そう考えると先人の知恵のすごさと努力には感心させられる。 いまや単なるローカル線になってしまった肥薩線だが、かつては大幹線だったことや、景色の美しさや雄大さを観光資源として生かしている。前回の木次線も廃止寸前の状態の線を神話や歴史を全面に出して再生している。そう言った先人の残した財産をいかに生かして利用するかが問われている。 そもそも目的もなく風のように旅する意味「風のように旅する男」旅風里美がなぜ目的のない風のようにぶら旅をするのかは理由がある。自然は神が作ったもの。そして家や街や道や鉄道は人間が作ったもの…共通しているものは…万物の創造者が創造したもの…神は万物の創造主…人間は万物の創造者…人間が神の形に作られたと言うのは…万物の創造者として創造されたと言うこと。 目的のない旅の本当の目的は、神と人間の創造物の調和を見ると言うことかもしれない。人間は神によって創造され、そして、創造すると言う特権を与えられた。それなら、創造者として何を創造すべきか、何を創造すべきではないか、考える必要があるのではないだろうか。 仕事の多くが人工知能(AI)に取って代わられるときが近いうちに来るだろう。ただ漠然と…または機械的に…仕事をこなしている人は仕事を失うだろう。人間が人工知能にないもの…それは常に創造し続けることではないだろうか?常にクリエイティビティを大切にしなければ、生きて行けない時代がやってくる。 常に自分の気持ちを解放し、自由なクリエイティビティによって物事を考えることこそが必要になってくる。そのためにあえて目的を持たず、風のように…気まぐれに…漂うように…ぶら旅をする意味があるのではないだろうか。 また、コースが決まっている旅行だと、思わぬ事態や新しい発見も少ない。それに気が変わっても旅程の変更はできない。新しい発見は自分自身を豊かにするし、思わぬ事態が起きたときは対処することで対処能力も身に付く。また、自分で常に何がしたいのかを考えながら行動することで、自分の意思と責任で行動することができる。 「しんぺい」は終点人吉に着いた。八代行き快速はダイヤ改正で新しい特急「かわせみやませみ」に置き換えられた。それなら次の普通列車まで人吉散策。JR人吉駅に併設されたくま川鉄道の駅は「人吉温泉」。温泉街と言うことで土産物屋とかが多い。 人吉から八代、八代から熊本、熊本から大牟田、大牟田から博多と乗り換えつなぎでバタバタした旅になってしまった。もう1日あればゆっくりできたけど…しかたない…翌日に仕事に出るハメになったので、結果オーライか。 もちろん、ゆっくり観光するなら特急で移動すればいい話だし、わざわざ普通や快速で移動する必要はない。新幹線にしても「みずほ」で小倉や熊本まで行ったり帰ったりすればいい。だけど、気まぐれにさすらうのなら、急ぐ必要はないし、思い立った所で散策すればいいだけ。各駅でぶらぶらする旅の方が思いつきであちこち行けるし、その土地を身近に感じることもできる。 クリエイターは時々気まぐれで旅に出る。それは日常生活から離れて非日常に自分を置くことで、今までと違う発想が浮かび上がるから。もし、日常生活に行き詰まったら…連休に入った時…何も考えず、いつもの駅から出発しよう。九州行くなら「こだまスーパー早特きっぷ」で新大阪から小倉・博多まで安く行けるし今回「こんな方法もあったんだ」と気づかされた「旅名人の九州満喫きっぷ」で九州全鉄道を駆使すれば、気が向いた所に自由に足を向けることができる。 |
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